愛猫を亡くした悲しみを癒す方法 -ペットロスに向き合う-
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愛猫を亡くしたその悲しみ、喪失感、寂しさなど、ネガティブだとする感情があなたの心を支配し、留まるところを知りません。
それは、あなたが注いだ愛情の分だけ深いものだと思うのです。
愛情深く慈しみ、大切にし続けたこと。それは本当に素晴らしいことだと思ってください。
ですから、悲しみ、喪失感、寂しさなどを負の感情だと思う必要もないのでは?
ただ、あまりに悲しいと苦しくなってしまいますよね?
私はココアのあと、みるくが旅立った時「明日からどうしよう、生きていけない・・・」とつぶやいたのを覚えています。
心がそのまま口をついて出てしまって、私は自分で驚きました。
生きていけないと感じるほど、つらく悲しいことなんだと思い知らされました。
どうすればこの悲しみを癒せるのか、ペットロスの苦しさをほんの少しでも軽くできたらと、この記事を書いています。
記事の最後には私の経験も載せましたので、読んでみてくださいね。
愛猫を亡くした悲しみと向き合う
まず初めに、無理に前向きになろうとする必要はまったくありません。
こちらにも書きましたが「立ち直れない」「乗り越えられない」と、そもそも思う必要はありません。
愛猫の死を悲しみを乗り越えられない立ち直れない
必要はありませんが、そういった気持ちがペットロスになってしまったあなたの支えであるなら、否定はしません。
ただただ、無理しなくていいとだけ。
辛い気持ちを抱えながら、無理して元気に振る舞ったり、悲しみを忘れようとがむしゃらに何かに取り組んだりすると、それは逆効果にもなりますからね。
「思うように家事や仕事ができない」「集中できない」「中々眠れない」といった悩みが起こることも。
日常生活に差し障りがあっても、決してご自分を責めないでください。
あなたは今、計り知れない悲しみの直中にいるのです。
愛情深く、慈しみ、大切にし続けた存在がいなくなってしまったのです。
ゆっくりと猫との思い出にひたる、悲しみにひたる、まずはそんな時間が必要。
辛さへの対処法
もし、思い出すのも辛いなら、言葉は悪いですが「遊び歩く」でもいいのですヨ。
あの子の痕跡がそこかしこにあるから、部屋にいること自体が辛いと感じる場合もあります。
何をしても、どこに行っても虚しさを覚えるだけで、心は晴れないかもしれません。
ひとつだけ言えるのは、そういった毎日を繰り返していくしかないということ。
思いを打ち明ける
思いを打ち明ける方法は、誰かに聞いてもらうだけでなく、SNSで発信する、私のようにWEB記事する、愛猫に当てた手紙を書くといったことが出来ます。
言葉にするのが難しいなら、文字にするのも良いですヨ。
何らかの方法で、ペットロスになった自分の心に正直な思いを発すると、次第に気持ちが整理でき、悲しみを和らげられる。
もし少しでも悲しみが和らいだ時、あなたの悲しみや寂しさを、あなたが愛した子が受け止めてくれているのだと思えるかもしれませんね。
話してみる
話す相手はペットロス専門のカウンセラーである必要はなく、カウンセラーや精神科医への相談は最終手段で構いません。
同じ悲しみを抱える家族と愛猫の思い出話をしたり、あなたの愛した猫を知る友人に話すのも良いでしょう。
こんな時、ただ黙ってあなたの話を聞き、気持ちに寄り添ってくれる人が前提になります。
と、いうのも、ペットロスで辛いあなたにとって必ずしも良い反応を示すとは限らない。
こちらにあるように、家族間でさえ温度差が生じ、余計に悲しみを深くし、孤独を生む可能性があるからです。
愛猫の死に対し家族と感情の温度差がある理由
また、言葉にするのすら辛いときは、無理に話す必要もありません。
「もうしばらくは、一人でゆっくりとした時間を過ごした方がいいよ」って、幸せだったあの子からのメッセージだと受け取りましょう。
文字にしてみる
文字にする方法は、ネットや手紙ですね。
実は、私が今こうして書いている記事も私自身の気持ちの整理もあり、癒しでもあります。
記事の下書き自体はかなり前からなので、書き始めた頃は辛くて途中で止めたり、今でも不意に涙に襲われる時もあります。
そういった場合は一旦手を止め、違う何かをしてます。
こうして書き綴る作業自体が、自分を癒し、悲しみの淵から救われる。
そして、それは亡くなった彼らに助けられてもいるのです。
亡くなった後もなお、彼らは私に癒しをもたらしてくれる、本当に凄いとしか言いようのない存在なのだと、改めて感じる。
記事を書くのは本当に大切な時間となっています。
ネットにはSNSやペットロスの体験談を投稿できる掲示板もありますから、そういった場所で思いを打ち明けるのも方法の一つでしょう。
愛猫に手紙を書くのもオススメです。
生前への感謝はもちろん、悲しくて寂しくてどうしようもない日々を過ごしているのだと、あなたの気持ちに正直に書き綴っていくのです。
ノートに日記のように書きだしていくのもいいし、便箋に書いて封筒に入れ手紙にするのもいい。
手紙は何通書いてもかまわない、思いのたけをぶつけてみましょう。
はじめは文字にしたところで、それを読む相手がいなくて悲しさが増す可能性もあります。
でも書き続けていくうちに、次第にあなた自身の癒しとなってくれますヨ。
愛猫を供養する
愛猫を供養するという一連の行動は、大切な家族の「死を受け入れる」時間です。
ここをご覧のあなたは、おそらくお葬式や納骨を済ませていると思われます。
あなたの大切な家族の死を受け入れはしても、だからといって悲しみが癒えるわけではなく、その事実に打ちのめされてしまうかもしれません。
ただ死を受け入れられないままだと、後になってうつ病になってしまうなど、心への負担がかえって重くなってしまいかねません。
葬儀のあと愛猫の遺骨を納骨するか、自宅に引き取るかになるのですが、私は初めは納骨するつもりでいました。
ですがどうしても離れたくなくて、自宅に引き取った経緯があるんですね。
遺骨をテーブルに置き、花を手向け、おはようやおやすみを欠かさず言って。
自分の気持ちが、ほんの少し落ち着いた辺りで、お位牌を作ろうと思えるようになり、お位牌を作ったことで、なんだかとても安心したのです。
※詳しくは下記に掲載しています。
亡くなってしまった愛猫をしっかりと供養するというのは、実はペットロスを癒す近道といわれています。
私は専門家ではないので、当時そこまでの知識があって供養していたわけではありません。
ただ自分がどうしたいのか、自分の気持ちに正直になってのことでした。
結果的に、猫への供養は自分自身への癒しにもなったのです。
あなたの可愛い子の生前と同様に、猫との時間を作りましょう。
沢山話して、沢山ありがとうを言って、そして正直に悲しい、寂しいと伝えてください。
メモリアルグッズを作る
あなたの気持ちのよりどころして、形見のアイテムやグッズを作るのも、ペットロスを癒やすのに役立ちます。
グッズに猫の名前や日付、メッセージなども入れてくれるサービスも多いですヨ。
一緒に出かけられる小物類
パスケースは愛猫のヒゲや遺毛を入れられタイプもあり、バッグやポーチ、お財布は愛猫の画像をプリントするタイプが多いです。
キーホルダーはヒゲや遺毛を入れられる他に、画像をプリントできる、画像をプリントしたアクリル製のものなど、様々あります。
- ・キーホルダー
- ・パスケース
- ・バッグ
- ・ポーチ
- ・財布
- ・スマホケース
三毛や八割れなど、猫特有の柄のイラストで作成するものもあり、スマホケースやマグカップはそういったイラストが多く色も豊富です。
部屋に置くメモリアルグッズ
他には等身大のクッションや時計、画像を大きくプリントしたひざ掛けなどもあります。
- ・マグカップ
- ・クッション
- ・ひざ掛け
- ・時計
アクセサリー類
小物類よりもさらに「いつでも一緒」にいられるように、遺骨を使って作れるアクセサリーがあります。
- ・ペンダント
- ・ブレスレット
- ・リング
羊毛フェルトでそっくりな子を
羊毛フェルトで愛猫のミニチュアを作る、額に入れて立体的な写真のように作るなど、完成形は色々です。
中には愛猫の被毛を入れのて作成が可能な「猫毛フェルト」もあります。
羊毛フェルト作家さんは、腕が良い人ほど予約でいっぱいですから、その分時間がかかる場合があります。
またサイズが大きなものほど高価になるので、等身大となれば数十万円はします。
画像を整理して思い出の品を
画像を使う部分では、上記のメモリアルグッズと重なる部分もありますね。
画像を整理するというのは削除するという意味ではありませんので、誤解のなきよう。
あなたのスマホは可愛くて仕方ない愛猫の画像で、きっといっぱいでしょう?
スマホの容量がオーバーするからとクラウドサービスに預けたり、いつでも眺めていたいから、スマホとパソコンを同期させたり。
画像を見るのも辛いかもしれません。辛い時はそっと閉じて涙しましょう。
それを繰り返していくうちに、次第に「そうそう、こんなことあったなー」「このおもちゃで遊ぶの大好きだったね」と、閉ざしていたあなたの心に再び、楽しかった日々が広がっていくようになります。
アルバムを作る
日々撮りためていった沢山の画像。
どれも可愛いけど、選りすぐりの画像でミニアルバムを作ってみませんか?
スマホという無機質な機械で同じ大きさの画像を見るのではなく、とっておきは大きく引き伸ばしたり、仕上がったアルバムにメッセージを書き込んだり。
きっと悲しみの涙ではなく、本当に幸せに暮らした日々だったと思える涙になります。
画像を選んで、アルバムを作る、プリントアウトして写真立てに飾る。
そういった作業のひとつひとつが、きっと癒しになります。
ふと目をやると視界に入るような場所、あなたが長くいるお部屋などに写真を飾りましょう。
好きだったおもちゃも一緒に置くと、楽しい日々がより鮮明に心に広がるかもしれません。
アクリルスタンドを作る
推し活のひとつに、推しのアクリルスタンドを作って部屋に飾る、好きな物や場所で写真を撮るといったものがあるのはご存知ですか?
アクリルスタンドは好きな二次元やアイドルのみならず、愛おしいペットでも作成できます。
あなたの愛猫の画像があればOK。画像の背景を外し、愛猫だけを切り抜くように出来ます。
また、多少のカスタマイズを自分でできるようなWEBサイトもあり便利です。
愛猫のお位牌以外にも、自分のデスクにアクスタを飾ったり、アクスタとお花を一緒に飾ったり。
値段がお手頃なのもあり、複数作っちゃう人も多いです。
アクリルスタンド用の保護シールも100均で売っていたりする良い時代。
推しというと、つい、芸能人やアニメを思い出してしまいますが、愛猫もあなたの正に「推し」でしょ?
写真を飾るのとはまた違った雰囲気になるので、きっと楽しく感じます。
走る、ジャンプするといった躍動感ある画像で作ると、より楽しいかもしれません。
動きのある画像だとブレブレになりやすいですが、それでもいいと思いません?
筆者のペットロス体験談
さて、ここからは、しばらく私の話にお付き合いください。
私は2022年4月30日にココアが、同年8月23日にみるくが、相次いで虹の橋のたもとへ旅立ちました。
それぞれ18年という長い月日を共に暮らしたのもあり、彼らが亡くなったあとの悲しみ、喪失感、寂しさは想像をはるかに超えるもので、この記事の冒頭にもあるように「明日からどうしよう、生きていけない・・・」とつぶやいた程でした。
私の悲しみや寂しさを少しでも軽くしてくれたのは何だったのかを書いていきます。
愛猫の葬儀で起きた心の変化
主人方の墓地にペット霊園が併設されているので、猫が亡くなったらそこへお願いするのは自然の流れの様なものです。
荼毘にふしたあと、遺骨をどうするかというのがあります。
- ・お墓を建てる
- ・納骨堂に納める
- ・合同墓地に埋葬
- ・自宅に引き取る
- ・後日納骨や埋葬
私は自分自身が散骨希望なほどで、お墓に入りたいとは全く思わないタイプ。
ペットの散骨は難しいでしょうから、合同墓地に埋葬でいいかなと漠然と考えていました。
ただ、お別れは本当にキチンとしたいので、自己満足ですが、ココアの亡骸を綺麗に拭いてベッドに寝かせ、ココアの周りに沢山のお花を敷き詰めました。
時期的にカーネーションばかりになってしまったのですけどね。
闘病生活の労いと、沢山のありがとうを言いながら。
それまでは、とっておこうと思わなかったのに、遺毛をもらいました。
翌日簡単な葬儀をし、荼毘にふすと決め予約を入れます。
合同墓地といっても、ペットの名前とメッセージを刻める仕組みなので、そうしようって。でも、メッセージがうまいこと浮かばない。
どうしようどうしようとグルグル考えているうちに、予約の時間が迫り、霊園の駐車場に車を停める頃に「離れたくない!ごめん、遺骨は引き取っていい?」と主人に涙ながらに訴えると、構わないよと言われ一安心。
自分の正直な気持ちに驚きつつ、骨壺が入ったケースを抱きしめるようにして帰宅しました。
よく、葬儀は残された人の心を整理するためにあると言われますが、本当にそうなんだと。
お位牌も必要だと思った理由
ココアの遺骨を引き取ってしばらくは、ずっと目にしていたいから、コタツという名のテーブルに置いていました。
側に花を飾りながら。
それまでは、植物は猫にとって毒になるものが多いことから生花を飾るのは諦めていました。
ユラユラするものや、初めて目にするものを猫は触ろうとするじゃないですか?
触って自分に攻撃してこないとわかると、今度は舐めてみようとしたり。
じゃれ合ううちに倒すこともあるでしょうし。
でも18歳にもなると、興味自体示さないんですね。
ココアと花が好きな自分のために飾るようになり、お花のサブスクにまで申し込んじゃいました。花は癒されますから。
ネットで注文できる定期便のお花屋さん
骨壺が入ったケースを常に出しておくと、ほこりをかぶるし、汚しちゃうかも(私はガサツ)と、ガラス戸のついた収納ケースを購入。
そしてココアが亡くなってひと月位あとですかね、ようやくお位牌を作りました。
はじめは、そういった「供養するための何か」を目にすること自体が苦痛で。
死を受け入れられていなかったのだと、今なら理解しています。
それと「お位牌って必要なのかな」という気持ちもあったのです。
作った方のコメントで「手に取って撫でられる」「顔を見ながら、おはようやただいまの声掛けができる」というのを読んだとき「そっか、そうだよね」と納得。
実際にお位牌が届くと、何故かすごく安心できたのを覚えています。
同時にとても癒されてもしました。
抱きしめてヨシヨシしたいから、猫のぬいぐるみも買っちゃったんです。
子供時代からぬいぐるみ自体に興味がなかったので、これも我ながら驚きです。
自分の気持ちに素直なる大切さ
遺骨を引き取り、お位牌を作り、ぬいぐるみを買うという一連の行動は、自分の気持ちに素直になった結果なのでしょう。
みるくが旅立ったあとは、ココアとみるくの写真を飾るために、写真立てを買いました。
気に入ったデザインを選んだので、お気に入りの雑貨が増えた感じでもあります。
お位牌ひとつとっても、デザインが様々あります。
ぬいぐるみもリアルなものを必死で探して、リアルを追求すると行きつくところは「羊毛フェルトでの作成」になるから、それはあきらめたり。
自分の意図する、目的にかなう商品をネットで探すのって結構な作業なんですよね。
口コミを読んだり、値段の比較をしたり、様々検討してようやく購入するので意外に時間がかかります。
で、この私個人の経験をまとめると「自分の気持ちに素直になる」「何かに没頭する」ということでしょうか。
もちろん、どんなに没頭していても、亡くなった猫たちと無関係ではないので、時に号泣してしまうことも。
大好きだった彼らに「まだできることがある」というのは何だか嬉しくて。
また、自分の心が癒されているのに気づき、旅立ってもなお彼らはすごい存在なのだと感心させられました。
私の経験がそのまま、あなたに役立つかどうかはわかりませんが、少しでも悲しみが癒えると良いですね。
あなたの大切な、幸せに生きたあの子の存在は、今もあなたの胸の中に以前と変わらない愛らしさと温もりで残っている。
それはこれから先もずっと変わりません。
新しい子を迎える
ペットロスはペットでしか癒せないと、何かで読んだことがあります。
亡くなった子に悪いから、あの子と同じじゃないから、新しい子を迎えるなんてとてもできないと感じる方も多いようなので。
私の経験も含めた「新しい子を迎える」のが何故良いのか、書いてみます。
亡くなった子に悪い
亡くなった子に悪いからといった理由で新しい子を迎えるのは無理だと思ってしまう。
その理由は大きく二つ。
唯一無二の存在、本当にかけがえのない存在だと思っているのに、新しい子を迎えるなんて亡くなった子に悪い、失礼だ。
死に目にあえなかった、寂しい思いをさせていたと後悔ばかりで、そんな私に新しい子を迎える資格はない。
よく考えてみて下さい。
新しい子を迎えようとチラリとでもよぎらなければ「迎えられない理由」は思わないでしょう?
ほんの少しでも「また猫を飼おうかな」と思ったから、飼わない理由をアレコレ考えているのです。
理由を考えるのは、亡くなってしまった愛猫に何処か許してほしいという気持ちがあるからではないですか?
「新しい子を迎えるのは亡くなった子に悪いでしょうか?」その問いかけは、自分の心への問いかけ、中には周囲の人やネットで意見を募る方もいます。
「大丈夫、亡くなった子に悪いわけないじゃない」と、一つ背中を押されれば、決心がつくのでは?
亡くなったあの子は自分を本当に大切に、幸せにしてくれたからこそ、他の猫もあなたなら幸せにしてくれるとわかっています。
新しい子を迎えたとしても、亡くなった子は「かけがえのない存在」にかわりありません。
たとえこの先あなたが複数の猫と縁があったとしても、皆「かけがえのない存在」であり「唯一無二の存在」です。
そして「幸せに暮らせる猫が増える」のではないでしょうか。
あの子と同じじゃない
確かにそうなんだけど、新しい子を迎えたからといって、亡くなったあの子と同じじゃないのにと思う方もいらっしゃるかと。
亡くなった愛猫と何もかも同じ子と出会える確率は、さすがに天文学的数字だと思います。
見た目は本当にソックリでも性格は違います。性格が違えば行動も違います。それが「個性」ですよね?
亡くなったあの子と同じじゃないと愛せませんか?
私も主人もココアやみるくと暮らす中、彼らの個性の違いにも魅了されました。
簡単に書くとココアはオスで、オスはよく甘えん坊になると言われますが、主人にベッタリ。
みるくは正にツンデレ、猫は気まぐれの極みという王道をいくタイプです。
そして現在一緒に暮らしている保護猫のモカは、甘えん坊でココアもみるくもしなかったことをします。
膝で甘えてそのまま寝たり、夜も一緒に寝たり。
モカはモカで、ココアやみるくとは全く違った個性を発揮しています。
そんな個性が楽しくて、何より癒されて、やっぱり迎えて良かったと感じます。
モカを引き取るまでは準備が完全ではなかったのもあり、3ヶ月位色んな里親募集サイトを様々繰り返し見てました。
正直な話をすると、みるくの面影を追っている部分がありましたヨ。
みるくは本当に可愛かったので。でも、これほど可愛い猫って中々いないんですね。
全国単位で探せばいるかもしれませんが、引き取りに行ったりを考えると、あまり遠方だと猫にも負担ですから。
こんなに可愛い猫はいないんだって知って、そんな可愛い猫と暮らせた私は本当に幸せなんだと思ったのです。
そう気づいてからは、何かが吹っ切れた感じもありました。
大事なことをいつも猫は教えてくれる
なんだろう、上手く表現できませんが、大事なことをいつも猫は教えてくれるんです。
亡くなった今も、そして新しく迎えた子も。
新しく迎えた猫は、亡くなってしまった子の悲しみや寂しさを完全に拭い去りはしません。
新しく迎えた子とまた幸せな日々を暮らすと、悲しくなる、寂しくなる回数が減っていくと言えばわかりやすいでしょうか。
モカの天真爛漫さに目を細めながら「あんなだったね、こんなだったね」と、ココアとみるくの思い出話を主人と時々します。
そこに涙はありません。
本当に迎えていいのかと悩まなくて大丈夫。
人間が勝手に作る様々な心の壁を、いともたやすく超えてくるのが猫なのです。
他の猫もあなたなら幸せにしてくれる、そしてあなた自身もまた猫と再び幸せに暮らす。
それが幸せだったあの子の唯一の願いかもしれません。
まだまだ、猫に大事なことを教わりましょう。